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うちのバイトに来ている子は恋をしている。
聞いたわけじゃないけどきっとそう。
それも苦しい恋をしている。



確かに恋だった















先日見かけた美男美女。
目の前で繰り広げられたキスシーン。
どうやら友だちはその男性のことを知っているようだ。
知らないといっていたが、その表情に現れていた。
嫉妬による怒りと悲しみ。
それ以上聞くのも憚られ、結局どんな関係なのかはそれ以上は聞いていない。
知り合いなのか、それ以上の関係なのか。
そこまで考え、溜息を吐く。
私は正直彼女が羨ましい。
あの時確かに彼女は辛い想いをしていたし、もしかしたら今もそうかもしれない。
それでも、恋をしているということがひどく羨ましかった。
「すいません」
「はい」
お客さんに呼ばれ、急いで振り向いた。
うちの花屋はバイトさんだけでなく、私もこうして時々手伝いの為店に立つ。
そして振り向いた先にいたのは。
「この花を束ねていただきたいのですが」
年は私と同じくらいの男の子。
礼儀正しいとても綺麗な子だった。
私は言われた花をとり、手早く束ねた。
こんな男の子、ここら辺にいたっけ?
私は高鳴る鼓動を隠しつつ、店内で他の花を見ている彼に視線を向けた。
その時。
「フーゴ、まだかよ」
別な少年が店内に入ってきた。
「もう少し大人しく待ってろよ、ナランチャ」
ナランチャと呼ばれた少年はむくれた顔をする。
私は急いで仕上げた。
「お待たせしました」
「ああ、すいません。
 急かせてしまいましたね」
「いいえ!」
そんなことよりは、この彼の名前がわかったんだから彼には感謝しなければならない。
どこに住んでいるんだろう。
「もう行こうぜ」
ナランチャがフーゴを引っ張っていく。
ああ、もう少しフーゴの顔を見ていたかったのに。
彼らは車に乗り、そのまま走り去ってしまった。
また会えるだろうか。
フーゴの顔を思い出すと胸がきゅんとした。
私は恋をした。

恋をしたいと思ったその日に一目惚れするのだから、自分は何て単純なのだろう。
しかももう二度と会えないかもしれない彼に。
それでも店に立つのが楽しみになった。
今日は会えるかと毎日がうきうきしていた。
「最近楽しそうだね」
そんなことも言われた。
今日もまた店先にて花の世話をしながら彼を待っていた。
すると私に声をかけてきた人がいた。
「なぁ、花がほしいんだけど」
「はい、どの花にしましょうか?」
と顔を上げるとそこにいたのは先日ナランチャと呼ばれた少年だった。
多分私よりも、フーゴというあの男の子よりもきっと年下だ。
「オレ、花はよくわかんねぇんだよ。
 この前もらった花でいいんだけど」
そう言いながらも花を見ている。
選ぶつもりはないらしいのに。
「この間の・・・」
「あんたじゃなかったっけ?」
彼はちらっと私を見た。
「ああ、そうです。
 私が束ねたんです」
私は店内を見回し、思い出しながら花を揃えた。
「確かこういった感じだったかと」
赤や紫、ピンクといった色合いの花だ。
女性にでも贈っているのだろうか。
「うーん、なんかさぁ、もっとこう明るい色の花ない?」
明るい色の花・・・
「こちらはどうでしょう?」
黄色いユリやオレンジ色のガーベラを持ってくる。
「ああ、こういう色のがいい」
彼はガーベラを選んだ。
オレンジ系が好みなのかな。
先日来た彼とは違うらしい。
「しかし花なんて腹の足しにもならねぇのに」
花より食い物の方がいいのによ、と花を見ながら呟いた。
それが本当につまらないものだと言う様に表情にもありありと浮かんでいる。
その言葉を聞いて、無性に憤りを感じた。
花屋の娘としては聞き捨てならない。
それでつい、
「花がつまらないだなんて、さみしいですね」
言ってしまった。
でも彼はさして気にしてないようで、
「オレにはよくわかんねぇよ」
と言って近くの花を見ている。
こんな客はさっさと帰ってもらおう、と私は花束を作り上げた。
「はい、どうぞ」
ちょっとつっけんどんに渡す。
しかし彼はやはり気にしていない様子。
「まぁ、花屋があるくらいなんだからやっぱ必要なんだろうなぁ」
そんなことを言いながら、財布に手を入れている。
「あんた、この前もいたけどここでバイトしてんの?」
「ここが家なんです。
 今日は手伝いです」
「年いくつ?」
「・・・17ですけど」
何だろう、この人。
そんなこと聞いてどうするの?
私は眉をひそめる。
だが。
「え?
 オレと同い年?」
「ええ?」
「なんでそんなに驚くんだよ」
そこで初めて彼は私を正面から見た。
随分とくりくりした目をしている。
身長も私くらいだし、年下かと思ってた。
「言っとくけど、この前来たフーゴよりオレは年上なんだからな!」
そうなんだ。
「フーゴさんはおいくつなんですか?」
「16だよ。
 オレが1つ上」
思わぬ形でフーゴさんの情報が手に入った。
「アイツ、年下のクセに年下らしくねぇから」
確かにフーゴさんは彼より落ち着いて見える。
と言うよりはこのナランチャの方が年より若く見えるのだと思う。
「名前は?」
「え?」
唐突に聞かれて思わず聞き返してしまった。
「あんたの名前」
彼がずいっと身を乗り出してきた。
ですけど」
何とか名前を言うと彼は出口に走っていった。
「また来るからな!」
そう言った彼の笑顔は何と言うかとても可愛らしかった。
あんな顔も出来るんじゃない。
私はそんなことを思いつつ、仕事に戻った。


完了:2014/7/18