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あの男が来ると今朝電話があった。
私が一人暮らしをするきっかけとなった男。
義父がやってくると言う。




辛いときはオレに言え















母は私が12歳の時に再婚した。
結婚するまでは優しく、こんな人が父親ならいいなと思っていた。
だが、結婚すると一変した。
母の前ではいつもと変わらない。
優しく家族思いの父親を演じていた。
しかし二人きりになるとしきりに体を触りたがり、私はそれに嫌悪感を持った。
それで中学、高校と寮のある学校に進学した。
夏休みも冬休みも殆ど帰らず、義父と顔を合わせることは極力避けた。
母は「親不孝者」と怒ったが、本当のことを言う気にはなれなかった。
夫婦仲は良かった。
だからきっと母は気づいていない。
その為信じてもらえるか自信が無かったのだ。
そして18歳になったのを機会に一人暮らしを始めた。
最低限の仕送りだけを頼み、生活費はバイトをして稼ぐことにした。
早く社会人になりたい。
私はあの男から逃げ出したかった。

「どうなんだい?一人暮らしは」
電話は突然だった。
近くまで来たんだ、と義父は言う。
「今日はバイトだから」
「いいんだよ、すぐ帰るから」
「でも・・・」
「やっぱり親としてはどんな所に住んでいるのか確認しなきゃなぁ。
 家賃も安いから心配なんだよ」
家賃を負担しているんだと暗に匂される。
これ以上嫌だとは言えなかった。
「わかった」
あの男が来る。


「古いが綺麗な所じゃないか」
義父はアパートに着くなり部屋の中をしげしげと見回していた。
私は一緒の部屋にいたくなくて、コーヒーでも淹れようとキッチンへと向かった。
どうにかして早く帰さないと。
手を動かしつつ、あれこれ考えていた。
すると、
「いいんだよ、飲み物なんて」
と後ろから抱きしめられた。
「会いたかったよ、
「やめてっ」
義父が私の胸へ手を伸ばす。
「触らないでっ!」
手を振りほどこうとするが、後ろから抱きしめられていて思うように動けない。
「部屋に入れたということは、私の気持ちを受け入れたってことだろう?」
「違う!」
私は義父の足を思い切り踏んだ。
「あうっ」
義父が手を緩めたその瞬間、部屋から飛び出した。

気持ち悪い。
まだ背中がぞくぞくする。
急いで逃げてきたのに携帯だけは持ってきていた。
プロシュートの声が聞きたかった。
だけど彼の番号を私は知らない。
私が知っているのは名前だけ。
いつ次に会えるのかもわからない。
彼のことを何一つ知らないという事実がさらに胸を締め付ける。
大丈夫だと言ってほしい、抱きしめてほしい。
でもそれは叶わなかった。


バイトの時間が迫ってきていたので、仕方なく家に戻った。
義父はいなかった。
私は安堵し、バイトに出かける準備を始めた。
その時。
コンコン。
どきりとした。
また義父が戻ってきたんだ。
どこかで待っていたんだ。
私は動けなくなった。
だが。
「おい、いるんだろ?」
プロシュートの声だ。
私はドアへ駆け寄って鍵を開ける。
「これから出かけんのか?」
カバンを持っていたせいだろう。
「うん、バイトなの」
私はいつも通り答えた。
抱きしめてほしいと思いながら、そんなことは言えないと思った。
彼の重荷になりたくない。
これは私の問題だ。
プロシュートが私の顔を手でなぞる。
「どうかしたのか?」
表情に出ているのだろうか。
「ううん、何でもない」
私は笑って応えた。
これ以上聞かないでほしい。
泣いてしまうかもしれない。
でも次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。
「何があったか知らねぇが、辛いときはオレに言え。
 話くらいは聞いてやる」
私が嘘が下手なのか、それとも彼だからわかるのだろうか。
涙を堪えることが出来ず、結局泣いてしまった。

私は今までのことを掻い摘んで話した。
バイトが始まるまで時間が迫っていたし、あまり余計なことは言いたくなかった。
それでも彼は話している間、ずっと私の肩を抱いていてくれた。
そう言えば私は男性に触らせるのが苦手なのに、どうして彼は平気なんだろう。
むしろもっと触っていてほしいと願ってしまう。
「そのオヤジ、とんでもねぇクズ野郎だな」
私は俯いた。
本当にあんな最低な男が何で義父なのだろう。
でもそれは私にはどうすることもできない。
このままあの義父から逃げ続けるしかないんだ。
そして話している内に時間になった。
「もう落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
もう少し彼といたい。
でもそういう訳にもいかない。
「待っててやっから、しっかりと働いてきな」
「いいの?」
「ああ」
私はその言葉に嬉しくなって、つい彼に抱きついてしまった。
「ご、ごめんなさい」
だがそんな私を彼はまた抱きしめてくれた。
「このお返しはベッドの上でしてもらおうか」
そんな彼の言葉に、私は顔を赤くするしかなかった。


4.辛いときは俺に言えよな(差し延べる彼のセリフ:1)
完了:2014/7/25