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もしもし、俺だけど







の家に電話かける時って緊張するね」
私は携帯を持っていない。
今や高校生の必須アイテムだけれど、持っていない。
あったら楽しいかもしれないけど、なくても不便はないと思っている。
ちなみにこの声の相手も携帯は持っていない。
と言っているだけで実は持っている。
この人、陵南高校男子バスケ部キャプテン仙道彰君は。
「どうして携帯持ってないって言ってるの?」
「だって持ってるとばれると面倒だし」
彼が携帯を持っているのを知っているのは田岡監督とマネージャーの私、越野君に植草君に福田君の5人だけだ。
それ以外は先輩も後輩もクラスの子も知らないらしい。
だけど仙道君の言いたいこともよくわかる。
彼は学校中の人気者だ。
携帯を持ってるとわかれば、彼の携帯はひっきりなしに鳴り続ける気がする。
「あんまり電話に時間をとられるのは好きじゃないかな」
いつものようにちょっと困った顔をしているのだろう。
受話器の先の彼の顔が簡単に思い浮かんだ。
「確かにメールを頻繁に打ってる仙道君って想像つかないなぁ」
モテモテの彼だがかなりのルーズ。
時間ももちろんだけど、そういう面倒なことはしたくない人なのだ。
「だろ?」
彼もその意見に同意して笑った。
「それにしても、家電だとわかってかけてくるのに、『もしもし、俺だけど』って第一声ってどうかと思うよ?」
もし他の家族が出たのだとしたらどうするつもりなのだろう。
「大丈夫だよ、最初の『はい』でだってわかるから」





















声、聞きたいと思って







「何かあった?」
先ほどまで部活で顔を合わせていたキャプテンからの電話。
ちなみに明日ももちろん学校で顔を合わせる予定だ。
一体、何の用事だろう。
「うーん、用事はないんだけどね」
私は彼の言葉を待ちながら子機を持って部屋に戻ろうと階段を上がる。
別に大した用件ではないようだから、家族に聞かれても困りはしない。
だけど、弟達に男子からの電話だと気づかれると騒がれて面倒くさい。
だから出来る限り静かに部屋に戻ろうと思っていたんだけど。
予想だにしない彼の言葉が返ってきた。
「たださ、声、聞きたいと思って」
ゴト、ガタ、ゴ、ゴ、ゴトトン。
電話が手から離れた。
ナニヲイッテイルノデスカ。
「あれ?大丈夫?」
とんでもない事を言ってくれた彼は普段と変わらない。
「大丈夫デスケド。
 ・・・本当に何かあったんじゃないの?」
「本当に何もないんだけど。
 無性に声が聞きたい時ってない?」
彼氏彼女じゃあるまいし。
一人暮らしの彼はホームシックにでもなったのだろうか。
ならそれならそれで、直接家にかければいいものを。
私が黙ったからだろうか、彼が言葉を続けた。
「何かそういう気分だったんだ」





















本当は今すぐ会いたい







「本当はさ」
いつも通りの穏やかな彼の声。
「電話じゃなくて」
この声の裏に何が潜んでいるのだろう。
「今すぐ会いたい」

「・・・は?」
「なんてね。
 言ってみたいよね、こんな事」
このキャプテンは。
私は今心臓が止まったよ、間違いなく。
「言える様な相手つくりなよ」
モテる彼ならそんな相手すぐにできるだろう。
「うーん、そうだねー」
つくる気はないらしい。
だからと言って人を身代わりにしないでほしい。
こんなことを言われてはこちらの心臓がもたない。
「でも今はに会いたいよ。
 本当に」
心にもないことをサラリと言っている。
「お腹でも空いたの?
 何か食べるものがほしいとか。
 あ、わかった。
 何か壊したんでしょ?
 だから直してほしいとか、そういうこと?」
私はもはや言っていることがめちゃくちゃだ。
でも動揺していると思われたくない一心でしゃべる。
本当はこんな訳わからないことをしゃべってる方が動揺していることがバレバレだと思うんだけど、でも止まらない。
「お腹も空いてないし、何も壊してないって。
 ただ声を聞いたら、会いたくなっただけだよ」
だから、この男は。





















まだ、切りたくない







「もう、用事がないなら切るよ」
こんな電話はもう切ってしまいたい。
仙道君のことだからからかってるつもりはないんだろうけど。
付き合わされるこちらは精神的にボロボロだ。
「え、もう切っちゃうの?」
「だって用事ないんでしょ?」
「ないけど・・・まだ、切りたくないな」
「・・・酔っ払ってるわけじゃないよね?」
酔って電話をかけてくる親戚のおじさんを思い出す。
いつも酔っ払ってる時しか電話をかけてこない上、意味のわからないことを言ってくる。
まさか仙道君が、と思うけどそれに似ている気がする。
「まさか、そんな訳ないよ」
だよね。
良かった。
でもそれを疑いたくなるくらい変な電話だ。
「本当にどうしちゃったの?
 怖い夢でも見た?」
わざとからかうように言ってみる。
「あはは。
 怖い夢かー。
 最近見てないなあ。
 はどんな夢見るの?」
「私は家の手伝いしてる夢を見ることが多いけど。
 大根いくらですって言って、高いって言われたりする夢」
夢なのに現実的過ぎる。
夢の中くらいもっと楽しいことをして過ごしたい。
らしいね」
「仙道君は?
 夢の中でもバスケしてるの?」
「俺?
 あんま夢見ないからなあ」
意外。
彼こそ楽しい夢を見てるんだと思った。
「一人で釣りしてる夢は見るよ。
 静かで穏やかな、他に誰もいない夢」





















おやすみ、また明日







寂しい夢を見るんだな、仙道君。
やっぱり一人暮らしだし孤独を感じることがあるんだろう。
いつも笑顔の彼だけど。
と話したら、元気が出てきた」
「そうなの?本当に大丈夫?」
「別に大丈夫じゃないことなんてないよ」
はははと笑う。
何だか胸が詰まる。
嬉しいからなのか、彼の寂しさを感じるからなのかよくわからないけど。
「私の、声でよければいつでも聞かせるよ」
声が上ずってしまった。
でもいつも通りの声を出すのは今の私には難しい。
少しの間があって、
「ありがと」
と短く聞こえてきた。
「今日はの夢が見れるといいなあ」
「え!?
 そんなの見なくていいよ」
突然の言葉に慌てる。
今日は慌ててばかりだな、私。
「いいじゃん、俺の夢なんだし」
「えー、でも何かヤダ」
「何もしないって」
「そんな心配してないけど」
「でもするかも」
「え!?」
最後まですっかり彼のペースに乗せられたまま。
そして長い電話が終わる。
「じゃあ、また明日ね。
 寝坊しないでね」
「うん。
 名残惜しいけど明日会えるしね」
「そうだよ。
 ゆっくり寝てね」
「おやすみ、また明日」
プっと電話を切る。
だけど彼の声がまだ耳に残ってる。
それを思い出すとまた胸がきゅんとする。
本当にどうしたんだろう、あんな電話。
私は電話を抱えたまま、彼の声にしばらく浸るのだった。





















終わり。
《おまけ》







俺は電話を切ると笑いが漏れた。
があんまり慌てるから。
その様子が目に浮かんで笑ってしまう。
きっとあたふたしてたんだろうな。


それにしても。
ただの声が無性に聞きたかった。
テレビを見て、風呂に入ってのんびりして。
そうしていたら何故か声が聞きたくなった。
明日会えるんだしと我慢もしてみたが、結局かけてしまっていた。
俺は結構堪えしょうがないらしい。
だからも突然の電話にびっくりしたのだろう。
しかも時間も遅い上、用事があるわけでもない。
余計な心配までかけてしまった。
でもその心配すらも嬉しいと思っているんだから、困ったもんだ。
こうして考えているうちに、本当に会いたくなってきた。
それだけは我慢しなくては。
明日また会えるんだから。
そう思いベッドに入る。
彼女の声を思い出す。
あまり夢は見ない方だが、今日はきっと良い夢が見れるだろう。
出来れば彼女の夢を見たい。
の姿を思い浮かべ、目を瞑る。


おやすみ、







あとがき。
電話越しに彼のセリフ(「確かに恋だった」さんのお題)
完了:2014/11/2


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