突然、田岡先生に呼ばれた。 と言ってもこれは割と頻繁にあることなので別に驚きはしない。 田岡先生はクラス担任だ。 私はクラス委員ではないが雑用によく先生に呼ばれる。 今度は何だろうと思いつつ、職員室に入った。 catch & release 1日目。 「お前、部活には入ってなかったな」 「はい、帰宅部です。 家の手伝いとかがあって」 「毎日忙しいのか?」 「それほどでもないですけど・・・」 呼ばれたと思ったら、そんなことを聞かれた。 確かに私は部活に入っていない。 でもそんなに暇でもない。 家が自営業(八百屋)で、その手伝いをしている。 店は両親が切り盛りしてるので、店での手伝いはそれほどないけど、その代わり家の中の事はほぼ私が一手に担っている。 家に帰ったら、洗濯物の取り込みと夕食の支度、それから私も含め弟達の明日の弁当の準備。 だから部活もやろうと思えばやれるんだけど。 もう2年だし。特に入りたい部活もないし。 そんなことを考えてると突然先生が手を打った。 「よし、それならバスケ部に入りなさい」 「・・・は?」 「もちろん、マネージャーとしてだが」 田岡先生は男子バスケ部の顧問をしている。 去年も今年も夏の大会で県のベスト4に入り、学校の期待も高いらしい。 だからと言っていいのかわからないけど、男子バスケ部はかなりの人気だという。 マネージャーなんかもう既に何人もいそうなものなのに。 「いないんですか?マネージャー」 聞いてみると先生は首を振った。 「男子のマネージャーがいたんだが、この間引退してな」 「なら募集してみれば」 「・・・それが出来れば苦労しない」 深々と溜息を吐いた。 「でも、私バスケの事何もわかりませんし」 「ああ、それは大丈夫だ。 もちろんいくつか覚えてもらうことはあるが、大体はいつものクラスの用事と変わらない。 主にキャプテンの補佐、というよりはまぁ、詳しくは後で話すが」 よくわからないけど強豪の監督やキャプテンは忙しいから雑用がほしいということだろう。 でも募集をかけられないとはどういう事なのか。 あれこれ考えていると先生が口を開いた。 「いや、募集をかけてもいいんだが・・・あんまり浮かれた連中に来られても困るからな」 浮かれた連中というのがよくわからなかったけど、現時点でも困っているらしい。 「もし、引き受けてくれたら今後クラスの雑用はしなくていい」 「え?」 私は『クラスの雑用はしなくていい』、この言葉に大いに反応した。 毎朝、放課後、その他もちょくちょく呼ばれる身としては気になる言葉だ。 「そうだな、クラス委員がいる訳だし彼らにやらせればいい」 毎日のように職員室の常連の私としてはちょっと嬉しい。 それに今更だけど部活に参加するのも楽しいかもしれない。 しかも県内では強豪と言われるバスケ部だ。 やりがいがあるだろう。 「なら、やってみます」 「おお、そうか!そうか!」 先生がすごく嬉しそうに笑った。 クラスでは割とむっつりとした顔をしているし、注意も多いから生徒からは敬遠されがちだけど私は田岡先生の事は嫌いではない。 「早速、今日の放課後からよろしく頼む」 クラスに戻ると友達が寄ってきた。 「また何か雑用?」 「多いよね、田岡先生。 はクラス委員でもないのに」 「ううん、今日は違ったの」 私はバスケ部にマネージャーとして入ることを話した。 すると、 「いいな〜」 「そうなの?」 一人の友達にすごく羨ましがられた。 「でも、運動部は大変よ」 もう一人の運動部所属の友達はこう言った。 確かにそう思う。 そもそも運動部とは縁がなかったのでマネージャーと聞いてもピンとこない。 バスケ自体体育でやるくらいだし。 大変かもなぁと、思っていると羨ましいと言った子が首を振る。 「だってバスケ部と言えば仙道君がいるじゃん」 仙道君・・・? 「誰、それ」 「バスケ部のキャプテン、かっこいいよ」 スター選手がいるらしい。 何となく田岡先生がマネージャーを募集しなかった理由がわかった気がする。 「そうなんだ。 私は野球部がよかったんだけど。 せっかくだから甲子園目指したい」 お父さんがプロ野球を見ている影響で野球の簡単なルールはわかる。 高校生と言えば野球で、高校野球と言えば甲子園しかない。 だけどそれはあっさりと否決された。 「いや、仙道君のほうがカッコいいって」 「そうですか」 ハートを飛ばしてそうな友達を横目に、ひっそりと息を吐いた。 どんなにカッコいいのか、今から楽しみだな、これは。 放課後、バスケ部の体育館へ行ってみると既にかなりの人数が集まっていた。 今日はまず見学でいいと言われていたので制服姿のまま。 だけど、こうして見ると同じように制服姿の女子の姿もある。 あの子達も見学なのかな。さすがに強いだけあって人気があるらしい。 噂の仙道君目当てだろうか。 そう思っていたら、先生が現れた。 「今日は見学でいいと言っていたところ、悪いが一つ引き受けてくれんか?」 「何ですか?」 「キャプテンを探してきてほしい」 「え?」 「いや、いる場所は検討がついているから捕まえてきてくれればいいんだ」 「はぁ」 「多分天気がいいからな。今日も釣りでもしてるんだろう」 ・・・釣り? 部活中にキャプテンが釣りをしているの? 「・・・でも私、キャプテンの顔知らないんですけど」 「すぐにわかる。 190ある大男で、頭がツンツンしてる。 『仙道』と呼べば振り向くだろう」 自分の自転車に乗り、先生に言われたとおり海を目指した。 授業が終わればすぐに部活が始まるというのに、何を考えてキャプテンは海にいるのだろう。 先生の話では釣りをしているはずだ、ということだけどキャプテンなのにそれでいいのだろうか。 色々なことが頭の中を駆け巡る。 そうしている内に釣りをしている男が見えてきた。 大柄でツンツン頭。 あれがキャプテンの『仙道』君だろう。 釣りをしている人にあまり大きな声で話しかけることも憚られ(例え部活をさぼっているキャプテンだとしても)、自転車から降り私は近づく。 すると男が振り向いた。 その顔に私は思わずどきりとする。 これは・・・ 「・・・えーっと、誰だっけ?」 彼が口を開いた。 「わ、私は今日からバスケ部のマネージャーになったです。 田岡先生に言われてキャプテンを呼びに来たんです。 その、『仙道』君だよね・・・?」 彼は目をパチクリさせ、次の瞬間微笑んだ。 「へー、マネージャーか。 よろしく、俺は仙道彰。 キャプテンやってんだけど、この姿じゃ説得力ないな」 そうして彼はハハハと笑った。 私は思わず納得してしまった。 これは確かにカッコいい。 顔がカッコいいとか、背が高いとか、バスケが上手とか色々あるだろうが、何よりもこの笑顔。 強烈に惹きつけられる。 「マネージャーが迎えに来たんなら、俺も行かないとな」 そう言ってテキパキと片付ける仙道君を見ながら私は考える。 これはちょっと困るかもしれない。 マネージャーとは何か。 マネージャーを引き受けた際、私なりに考えた。 運動部に所属したことも、もちろんマネージャーなどやったこともなかったけど、自分の中のマネージャーのイメージをある程度作っていた。 部員や監督がきちんと練習や試合に専念できるよう様々な雑務を行う。 そして部員達には公平に接しなければならないのだと。 友達からは男子の中に女子一人なんて羨ましい、と言われたけど、ベスト4に残った実力のあるチームだからこそ、恋愛にうつつを抜かしてはいけないのだと思う。 そもそも先生がそこまで私に期待しているかどうかわからない。 それでもやるなら思い切り頑張ろうと思っていた。 だけど、このキャプテンを見て大いに困ってしまった。 こんなにカッコいい人がいて、好きにならない自信が全く無い。 それどころかもう既にかなり好きになっている。 どうしたらいいのだろう。 そんなことを考えながら、彼と二人体育館に戻っていった。 仙道君が体育館へ入ると一気に部員達が集まってきた。 さすがキャプテン。 さぼっていても人気があるんだなぁとぼんやり見ていると田岡先生から声をかけられた。 「ご苦労だったな」 「いいえ、近かったので大丈夫です」 「マネージャーの様々な雑務は後で説明するとして、とりあえず今日の場所はもう覚えたな」 「はぁ」 「まずマネージャーとしての最優先の仕事は『仙道を捕まえる』ことになる」 「・・・え?」 「他にも何箇所かヤツの行く場所がある。 それは後で教えるからサボっている時はそこに行って仙道を捕まえてきてほしい」 「はぁ」 どうやら先生の口ぶりでは仙道キャプテンはサボり癖があるらしい。 「1年に探させてもいいんだが、そうすると練習時間が勿体なくてな」 先生が大きく溜息を吐いた。 仙道君が着替えを終えてコートに入ってきた。 「皆、集まれ」 先生が部員達に声をかける。 私はどうしたものかと後ろで立っていると先生に手招きされた。 こんなに人の視線を集めることがないので緊張してしまう。 「練習前に新しいマネージャーを紹介する」 「2年2組のです。 バスケは初心者ですがよろしくお願いします」 おお、とかやった、とか声が聞こえる。 「今日は見学だ。 彦一、一通り後で説明してやれ」 「はい」 素直そうな可愛い顔の子が大きく返事をした。 1年生らしい。 こうして初日が始まった。 それから彦一君に部室や用具室等あちこちを見せてもらいつつ、マネージャーは具体的に何をするのかを聞いてみた。 備品準備・管理、練習メニューの記録・声かけ、飲み物等の用意等など。 他にもビデオを撮ったり、試合ではスコアをつけたりあるらしい。 「なかなか大変だね」 思わず口から出てしまった。 すると彼は笑顔で、 「大丈夫ですよ、わいも皆さんもおりますし。 わからんことあったら遠慮なく聞いてください」 と言ってくれたので私はほっとした。 「ひょっとして監督に言われてマネージャーになったの?」 「うん、そう」 休憩の合間にキャプテンが声をかけてきた。 やっぱりドキドキする。してしまう。 (でも、ずっとこうして話したりしなきゃいけないんだし。 要するに慣れよ。慣れればいいのよ!) そんな決意を心の中で固め、彼の方を向いた。 「マネージャーを募集しようかなって話しが出たんだけどあんまり来られても困るし。 そしたら監督が思い当たりがあるって言ってたんだけど、さんだったのか」 「私も今日聞いてビックリしたよ。 バスケのことは知らないし」 「でも良かった。女子マネで」 「え?」 「監督のことだから男子を連れてくるんじゃないかって。 せっかくだから女子がいいって皆騒いでたんだよ」 確かに私は女子だけど、多分みんなの希望はただの女子マネではなく、『可愛い』女子マネが希望だったんだろうから、何だか申し訳ない。 「期待に応えられていない感じですけど・・・」 思わず零した一言を彼は聞いていたらしい。 「何で?」 何でって言われても。 「仙道、いつまでしゃべってんだ! 早く来い!!」 「あ、すいません。 じゃ頑張って」 キャプテンを長話させてしまった、マネージャーなのに。 私は早速反省し、そしてメモ帳を出した。 今日は見学だが覚えなければならないことが多い。 教えてもらったことを忘れないように一気に書いた。 それから部員達の名前。人数が多いから忘れないようにしないと。 そして、「キャプテン・仙道彰、よくいる場所・海で釣り」。 少し考えて最後にこれも書いておいた。 「マネージャーとしての心構えを忘れるべからず」 |
完了:2014/7/10 |