今日も晴天だ。 となれば彼は今日も魚と格闘しているはず。 私は自転車を漕ぐ足に力を入れた。 catch & release 3日目。 「今日は早いな」 私を見るなり仙道君は言った。 彼の言うとおり、私は今日少し早く出てきたのだ。 いつもなら皆が集まり、部活が始まって30分経ってから迎えに来るのだけど今日は違う。 皆が集まる前、ようするに部活が始まる前に出てきたのだ。 どうも田岡先生の頭痛の種の一つはこのキャプテンのサボり癖にあるようだ。 だからマネージャーとして少しでも改善されるようと考えてみたのだけど。 だけど彼は動く様子を見せない。 「・・・部活始まるよ、キャプテン」 そんな言葉をかけてみた。 しかし、 「まぁ、まだ大丈夫だろう」 そう笑ってやはり腰を上げる様子はない。 「ノートに、『キャプテンは遅刻しました』って書いちゃうよ」 昨日、結局ノートには彼のことは何も書けなかった。 それをとても後悔して、今日こそは書かなきゃと思っていたけど、これでは本当に遅れてきたことしか書けないかもしれない。 「それは困ったな」 言葉とは裏腹に笑顔の彼に、私は頭を抱えた。 「部活、行かなくていいの?」 「行くよ?もう少ししたら」 私だけ戻るわけにも行かず、どうしたらいいのかと彼の後ろで立っていた。 これじゃせっかく早く出てきたのに意味がない。 無理やり竿を奪おうかとも思ったけど、さすがにそんなことをしたら怒るかもしれない。 普段温厚な人が怒ると怖いし。 そうして色々考えていると仙道君が私を見ていた。 「ゴメン、俺が行かないとさんが怒られるか」 彼は立ち上がり片付け始めた。 私はほっと胸をなで下ろした。 「今日は少し早いじゃないか」 田岡先生が仙道君を見てそう言った。 「さんが早めに迎えに来てくれたからですよ」 「あのな、はお前を迎えに行く為にマネージャーしてるんじゃないんだぞ。 迎えに行かなくても一人で来い!」 「すいません」 怒っている先生に堂々と笑顔で返す生徒は仙道君くらいのものだろう。 「さっさと着替えて来い!」 先生に言われて更衣室へ走っていった。 「全くアイツは。 しかし、。おかげで早くちゃんと練習ができる。よくやったな」 「いいえ、全然」 良かった、少しは役に立てたかな。 まだ3日目でマネージャーとしての仕事が自分ひとりでは何も出来ていない。 これからもっと頑張らないと。 部活が始まると彼は先ほどサボっていた時とは違ってきびきびと動いている。 そしてそれはすぐに他の部員達に影響を与えた。 いなくても皆真面目にやっているが、彼がいると声や迫力が全然違う。 さすがはキャプテン、さすがは仙道君ということだろうか。 「でも、試合中の仙道さんはこんなものやなんですよ」 彦一君が目を輝かせて教えてくれた。 「仙道さんの本当の力は試合中やないと、しかも相手が牧さんや流川くんが相手やないとなかなか見られへんのですよ」 彼の言う牧さんや流川君というのは県内でもトップクラスの選手らしい。 その選手を相手にしてこそ、仙道君の実力が発揮されるということのようだ。 「ほんま、すごいんですよ。 はよ試合してる仙道さんを見せてあげたいですわ」 私の隣で彦一君は嬉しそうに仙道君のプレイを見ている。 でもそれは彼だけではない。 スタメンである越野君たちも、監督の田岡先生も、この体育館にいる人間は皆そうだ。 皆が彼のプレイに魅せられる。 彼のドリブルやパス、そんな基本動作の1つ1つにも目が釘付けになる。 「さて、今日も書くかな」 昨日に引き続き個人用ノートにそれぞれ部員のことを書いた。 まだ入って3日目だけど、これを書いているおかげか顔と名前を大体覚えた。 そして私は今日も仙道君の事が書けていない。 あれだけ目を惹く彼についてどうして書けないのだろう。 彼についてはあまり思い出さないようにしているせいかもしれない。 思い出すとドキドキして、これではいけないと気持ちをセーブしなくてはならないからだ。 この胸の高鳴りを考えちゃいけない。 ただ彼のプレイは、綺麗で華があるから。 だから視線を奪われるだけ。 鼓動が早くなるのもそのせい。 でもそう思えば思うほど、鼓動が大きくなってきて。 私はそれを抑えるのに机に突っ伏した。 「大丈夫?」 この声に心臓が飛び出るほど驚き、思わず起き上がる。 そしてその拍子に机からシャープペンと消しゴムを落としてしまった。 「具合でも悪い?」 仙道君に聞かれたが、まともに顔を合わせる自信がなくて私は下を向いて落とした物を拾う事にした。 「ううん、大丈夫」 全然大丈夫ではないけど、とりあえずそう応えた。 私は顔が見えないように、一生懸命机の周りを探す。 シャープペンはすぐに見つかったけど、消しゴムが見つからない。 遠くまで飛んでしまっただろうか。 すると机の下においていた鞄の影にあった。 ほっとしたのも束の間、仙道君は私のノートを読んでいた。 やっぱり、やっぱり彼についても何か書いておいた方が良かった。 また昨日と同じ後悔が襲ってくる。 「よく見てるね」 「え?」 仙道君がノートを私に返してくれた。 「バスケは初心者って言ってたけど、皆のことよく見てる。 まだ3日目なのに」 「う、ううん。 見てるというか、彦一君とか越野君とか皆に聞いた話をまとめてる感じだし」 そう、私がバスケに関してわかることは多くない。 だから見ているだけでは何がどうなのかわからない。 彦一君たちが気を使って教えてくれる情報を私はまとめているだけ。 毎日見てたら少しはわかるのうになるのだろうか。 「それでもよく書けてるよ。 ほら、『緩んでくると越野君がすぐに声がけする。すると1年生に気合が入る』とか」 それは越野君が皆によく厳しい声で発破をかけるから。 だから声をかけただけでも、皆ピリッとする。 仙道君が飴なら、越野君は鞭の役割だ。 そしてそれは皆よくわかってる。 「誰でもわかるって思わなかった?」 「え?」 「やっぱり」 「どうしてわかったの?」 それには答えずに、彼は言った。 「気が緩んできた時に越野が声がけすること、よくわかったね」 「それは・・・だって見てたから」 「だよね。 だからよく見てるって言ったの」 「3日も見てればわかるよ」 「そうでもないさ」 そう言っていつものようににっこりと微笑んだ。 「頑張ってるよ」 |
完了:2014/7/10 |