top/menu/back

「ありゃ、先を越されたか」
「今日、うちのクラス早く終わったの」
私はいつも常連のキャプテンよりも早く海に来ていた。
彼と違って釣りはしないけど。

catch & release 1ヵ月後。

「すっかりと慣れたみたいだな、マネージャー」
「でもこんなにのんびりしてる場合じゃないよね?」
「確かに」
サボっているキャプテンを捕まえて、部活に連れていくのが私の役目だから、本当はすぐに戻らないとダメなんだけど。
仙道君はいつもの位置に椅子を置き、釣りの準備を始める。
私はそれをただ見ているだけだ。
「そう言えばさ。
 前に『完璧すぎて苦手』って言ったよね?」
私が入部した当初のことだ。
彼に『オレの事が苦手?』と聞かれてそう答えた。
「ああ、いまだにオレのどこが完璧なのかわかんないけど」
笑いながら彼は海に向けて竿を振った。
「仙道君、それ以上聞かなかったじゃない?」
「うん?そうだっけ」
「そうだよ。
 おかげで私、少し楽になれたんだと思う」
「ふーん」
彼は私を追い詰める事はしなかった。
私はそう答えた事で、彼に対し楽に接する事が出来るようになった。
自分の気持ちと向き合えているかと聞かれると、いまだにうんとは言えないけど。
だけど。
「それにさ、仙道君ってよく声かけてくれたでしょ?
 例えば『皆の事よく見てる』とか」
「それはそう思ったからだって」
「私、途中から入部したから。
 もう最初から頑張んなきゃ、一生懸命やらなきゃって思ってたんだけど。
 知らない間に肩に力が入ってたんだね。
 そこで『頑張ってる』って言ってくれて」
「でも本当に頑張ってたよ。
 今でもそう思うし」
もちろん彼が声をかけるのは私だけじゃない。
1年生達まで本当によく見ている。
そうして彼が声をかけてくれるおかげで、私のように肩から力が抜けたり、逆に褒められてはりきる部員もいる。
仙道君自身、捉えどころのない自由な人だと思っているけど、でも彼の言葉や態度は周りの人を楽にしてくれる。
意識してやっているのか、自然にやっているのかはよくわからないけど。
「うん、でもだから。
 私も仙道君を見習おうかと思うんだよね」
「オレを?」
私の心に少し余裕が出てきて、そこから生まれた結論だった。
「仙道君は私を楽にしてくれたから。
 だから、私はもう探しに来ないよ」
「もう捕まえてくれないってこと?」
「この時間って仙道君にとって大事な時間でしょ?
 釣り人は消えるから一人でのんびり泳いでよ」
魚の仙道君はどこまでも自由に泳ぐだろう。
私という釣り人がいれば彼は心から自由にはなれない。
私は前に一度彼を追い詰めてしまった。
だから彼が私にしてくれたように、追い詰めずに待っていたい。
大丈夫、『キャッチ&リリース』してくれる人がいなくても仙道君は戻ってくる。
彼はバスケが何より好きだから。
「それはちょっと寂しいな」
「魚は寂しくても死なないよ」
「自由は孤独って事か」
「そうとも言うね」
「先生や越野に何か言われた?」
「ううん、何も。
 ただ多分この釣りの時間は仙道君には大事なんだと思うよ。
 だから邪魔したくない」
どうしてここで一人釣りをするのか。
仙道君のことを考えればわかってあげられる事なのに。
「邪魔なんてしてないさ」
「でも一人になりたいからサボってるんじゃないの?」
「それは、どうだろう・・・」
仙道君は首を捻る。
天才の胸の内は凡人の私にはなかなか理解できないが、彼本人も掴みきれないものがあるのかもしれない。
「一人の方が自由にのんびりできるでしょ」
「オレはさんが傍にいても自由にやってるよ」
「・・・そうかな」
「オレが好き勝手出来るのはさんが捕まえに来てくれるから。
 来てくれないとちょっと困る」

「私、また追い詰めちゃうかもよ?」
「そうしたらその時はおとなしく捕まるよ」

結局この不思議で心地よい時間は続行となった。
いつまで続けるのかはわからない。
もしかしたら先生に強制的に止めさせられる可能性もある。
でも彼のことをもっと知りたい、私は素直にそう思った。


あとがき。
catch & release
完了:2014/9/26