いつも通り部活が終わって片付けていると彼が近寄ってきてこう言った。 「名前で呼んでもいい?」 それは本当に突然だった。 君の名を 言った仙道君は相変わらず涼しい顔をしている。 呆気に取られて何も言えないでいると、 「苗字で呼んでたけど、他人行儀だし。 名前で呼んでもいい?」 と説明をされた。 「べ、別にいいけど」 びっくりした私は何とかそれだけを返した。 すると、彼の後ろから声が聞こえてきた。 「何だよ、仙道。 抜け駆けかよ」 「越野君」 腕を組んで、仙道君の隣に立つ。 「なら俺は、『』って呼ぶことにする」 えっと私と仙道君は越野君を一斉に見た。 「いいだろ?別に」 何か文句でもあるのか、という顔。 「いいよ、別に」 どう呼んでくれても構わないと思っていたので、私は頷いた。 「ちょっとそれ、馴れ馴れしくねぇ?」 「そんなことねーだろ。 だって他の女子だって俺は名前呼び捨てだし」 確かに私も他の男子には名前を呼び捨てされることがある。 だから別にいいんだけど。 すると仙道君は何かを考えている様子を見せた。 そしておもむろにこう言った。 「んー、じゃあ俺は『』って呼ぶことにするよ」 「「えっ!?」」 「いやいやいや、お前の方が馴れ馴れしいだろ!」 「そうか? でも可愛くていいじゃん」 「あのな、も何か言ってやれよ」 越野君にそう促されたけど、びっくりしすぎて声が出ない。 て。 でも仙道君に呼ばれると確かに可愛く感じるんだから不思議だ。 「え、ええと。 まぁ、いいよ、別に」 「え、マジで?」 まだ信じられない様子の越野君をよそに、 「じゃあ、よろしくね。 」 仙道君はいつも通りの笑顔。 この笑顔を見たら何も言えない。 「俺のことも彰君って呼ぶ?」 「「ええっ!」」 再度越野君と二人、驚きの声を上げた。 「ううん、仙道君でいいよ」 さすがにこれはちょっと無理だ。 そんなことをしたら全女子を敵に回しかねない。 それに『彰君』だなんて、考えただけで顔が赤くなる。 「そうか、残念だなあ」 あははと笑う彼をよそに私は一人どぎまぎしていた。 それにしても、慣れない響きにちょっと照れるけど、仙道君が名前を呼んでくれるのは嬉しい。 前よりもちょっと彼に近づいた感じがするからだ。 それから。 「センパイお疲れ様っす」 バスケ部の皆が名前で呼んでくれるようになった。 一年生はもちろん、 「これ頼む、」 「あ、俺も頼むよ。」 福田君も植草君もだ。 「何だよ、皆して。 俺が最初に言ったんだぞ」 ぶつぶつと越野君がこう言っていたのは私は聞こえなかった。 代わりに、 「、ポカリ取って」 仙道君のよく通るその声は聞き逃さなかった。 名前を呼ばれるだけで、いつも胸が弾む。 どきどきする。 この今の距離を保っていたい。 きっと彼にとって私は大勢の女友だちの一人。 それでいい。 彼に名前を呼んでもらえるだけで、私の心は満たされていた。 |
あとがき。 |
君の名を |
完了:2014/10/3 |