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「レオーネっ」
こうオレを呼ぶやつは今や殆どいない。
コイツはその珍しいヤツの一人だ。



確かに恋だった















「なんだ、
面倒くせぇが放っておくといつまでも名前を呼ばれかねない。
オレは仕方なく後ろを振り向いた。
「はい、コレ」
から差し出されたのは、紙袋に入った包み。
「いらねぇよ」
「ダメよ、ちゃんと朝食食べないと元気に働けないって」
「オレは朝食は食べねぇんだよ」
「だから低血圧なんじゃないの?」
ああ言えばこう言う。
しかも別に低血圧でもない。
そうこうしている間に時間が迫っていた。
「ほら、ちゃんと手に持って」
結局その包みは押し付けられるようにして持たされた。

「アバッキオ、早いな」
「今日も愛妻弁当持参かよ」
「うるせーな、持たされたんだよっ」
ブチャラティとミスタがもう席についてた。
「悪いな、こんな朝早くから」
「いや、構わねぇよ」
いつもはこんな早い時間に集合がかかることはない。
仕事があるのだろう。
「それにしてもちゃんってば毎日毎日偉いもんだ」
ミスタは何故か会ったこともないを馴れ馴れしく呼ぶ。
「パン屋だからだろ」
オレの住むアパートの1階はパン屋になっている。
チームに入ってから住み始めて早2年。
そもそも初めて会った時からはああだった。
「あなた、初めて見る顔ね。
 私は
 あなたお名前は?」
「アバッキオ?
 下の名前は?あるんでしょ?」
「レオーネね。
 よろしくね、レオーネ」
「あなた毎日ちゃんと食べてるの?
 ダメよ、食べなきゃ。
 はい、これ奢ってあげる。
 いらないなんて言わないの」
一言で言えばお節介焼きなんだ、あの女は。
だがオレも何故かにはあまり強く出れない。
言い返してやってもいいのだが、泣かれると面倒だとも思う。
そもそもあの女は泣くことなんてあるんだろうか。
ねぇだろうな。

仕事を終え、オレは一人ぶらぶらと町を歩いている。
オレのやることは終わった。
後はミスタがうまくやるだろう。
そう思ったら腹が減ってきた。
朝も食わず、もう昼過ぎ。
朝押し付けられた紙袋はまだ持っている。
オレは近くの公園に入って行った。
飲み物だけ買って、静かな所を探し腰を下ろした。
腹が減ってるから仕方なく食うんだ。
毎日同じことを思いながら、結局食うオレも律儀だと思う。
ふと袋を見ると、いつものサンドイッチの他にマフィンが入っていた。
あの店、マフィンなんて始めたのか?
何も考えずに口に運ぶ。
「甘ぇ」
バナナが入っていて、甘ったるい。
今度よこす時はマフィンは甘くないやつにしろと言ってやろう。

「レオーネ、お帰り」
オレが帰ってくるのが見えたのか、が店から出てきた。
「おい」
「なに?」
「マフィンは甘くねぇやつにしろ」
こう言ってやるとがきょとんとする。
そして次の瞬間笑顔になった。
「マフィン、食べてくれたんだね」
「入ってたから仕方なく食ったんだ!」
「うん、じゃあ明日は甘くないのにするね」
「そうしろ」
「ねぇ、珍しいね。
 感想言ってくれるなんて。
 いつも聞いても、知らねぇ、食ってねぇ、捨てたとか言うのに」
よく覚えてやがる。
「うるせぇな。
 食って悪ぃのかよ」
「ううん、美味しかったならそれでいい」
「うまかったなんて言ってねぇだろ」
「まずかった?」
「・・・食えない味ではなかった」
「美味しかったんでしょ?」
「そうは言ってねぇだろが!」
こうしていつも通り押し問答が始まる。


次の日の朝。
また今日もアイツから渡されるんだろうと思い、コーヒーだけ飲んで家を出た。
だが今日はアイツはいなかった。
は風邪をひいて休みなんだよ」
パン屋の店主がそう頭を掻いた。
からパンをやってくれって言われてたんだけど、サンドイッチでいいのかな?」
「今日は甘くねぇマフィンだろうな」
渡される前に確認する。
オレは好き嫌いは特にないが、甘いのだけは苦手だ。
ケーキやチョコレートなんてもってのほかだ。
「マフィン?
 ああ、うちではマフィンは作ってないんだよ」
「昨日のやつには入ってたぜ?」
じゃあ、アイツはどこからは持ってきたんだ。
「ああ、あれはが作ったんだよ。
 いつも君に渡すサンドイッチも彼女が家で作って持ってくるんだ」
オレは声が出なかった。
店のものを渡してたんじゃなかったのか?
オレは金を払ったことはなかったが(向こうがいらないと言って受け取らねぇ)、アイツが自分で作ってきてたのか?
そんなオレを見て店主が笑う。
「これ内緒だったのかな?
 でもあれで結構健気なところがあるから、彼女に優しくしてやってくれよ」
そう言ってオレに紙袋を押し付け店に入って行こうとした。
「金は?」
が払うってよ」
「いや、オレが払う」
オレは金を払い、その場を離れようとした。
が、少し考え店に戻ろうとする店主を呼び止めた。
「ちょっと聞きてぇことがあるんだが」

「はーい」
いつもより元気のない声でアイツは出てきた。
「レオーネ!?」
「よぉ」
オレはの部屋の前にいた。
「どうしてここがわかったの?」
「店主に聞いた。
 つーかお前、オレの部屋の隣じゃあねーか!」
そうの部屋はオレの隣だった。
2年も住んでて全然気づかなかった。
「そうよ?
 知らなかったの?
 ま、あがってよ」
部屋に上がり、勧められるままソファに座る。
は寝ていたらしくパジャマ姿だが意外と元気そうだ。
「何で黙ってやがった」
「部屋のこと?
 でもいつも会うのはパン屋だったから別にいいかなと思って」
「じゃあなくて!
 ・・・サンドイッチ、お前が作ってたんだってな」
がベラベラと喋りそうだったので、オレは本題に話を持っていった。
「えーっ。
 それも店主から聞いたの?
 もう、口が軽いなあ、あの店主!」
が顔を膨らます。
「・・・別にオレは頼んじゃあいねぇ」
オレはと視線を合わせないように窓の方を見る。
「わかってるって。
 私が勝手にやってるだけだし」
「お前はどんだけお節介なんだよ」
勝手に人を心配して勝手に飯まで作って。
本当に呆れて、モノも言えねぇ。
「でもね」
がオレを見ている。
視線を感じているが、オレはを見ない。
「初めて会ったときのレオーネ、本当に顔色がよくなくて。
 元気がないだけじゃなくてね。
 こう言ってしまってはなんだけど、生きてるのに生きてないみたいだった」
そう言って、「だからお節介焼きたくなったのよ」と続けた。
オレはあの時警官を辞めて、そしてギャングになった。
ギャングになってからも確かにしばらくは生活が荒れていた。
だが今は違う。
「オレはまだお前がお節介焼きたくなる程荒れてるように見えるか?」
もうオレは立ち直ってる。
いや、心の底では立ち直っていないのかもしれない。
だがブチャラティの傍にいることで、チームにいて仕事をこなすことで真っ当な生活に似た日々を送れるようになっている。
にはそうは見えねぇのか?
それともそう思ってるのはオレだけか?
「ううん」
が首を横に振った。
「今はちゃんと立ち直ってる。
 本当はもうお節介も必要もないとは思ってたんだ・・・」
オレはの方を見た。
するとは俯いていた。
その姿がどこか寂しそうに見える。
オレの視線に気づき、顔を上げた。
「ゴメンね、やっぱりお節介焼きすぎたね。
 もう止めるから」
微笑んでいるのに、何故か泣き出しそうな顔をしていた。
オレは一つ溜息を吐いた。
「別に止めろとは言ってねぇ」
「え?」
オレは何を言おうとしてるんだ。
「ただちゃんと金を受け取れ。
 ただでもらうってのは居心地が悪ぃんだよっ」
言っちまった。
もういらねぇって言うはずが、何だってこんなことを。
「いいの?」
「・・・ああ」
オレは自分がわからなくなった。
だけどが笑っている。
さっきとは違う、本当の笑顔。
オレはまた溜息を吐いた。

「レオーネっ」
次の日の朝、いつものようにパン屋の前でが待っていた。
「風邪は治ったのか?」
そう聞くとがぱあっと笑顔になる。
「心配してくれたの?
 優しいところあるじゃない」
「そんなことは言ってねぇだろ!」
「じゃ、なんで聞いたのよ」
「・・・オレに風邪がうつらないようにな」
「なによ、それ。
 ちゃんと治りました!」
いつも通り紙袋を受け取る。
「ちゃんと甘くないマフィンだから」
オレは受け取りつつ、金を払った。
「これで貸し借りなしだ」
今までの分はどうしてもが受け取らなかった。
コイツも大概頑固だな。
いつもならすぐに立ち去るんだが、オレはふと思いついたことがあった。
「そういや、風邪は治ったんだよな」
「そうよ、さっきそう言ったじゃ」
まだ朝が早いせいか辺りに人はいない。
パン屋の主人も店先のことは見ていない。
オレはに短いキスをした。
「これで借りは返したぜ?」
の驚いた顔を見ながら、小さな声で言った。
だが、
「何言ってるのよ、1回で足りると思ってるの?」
と言い返してきやがった。
「今までの分、きちんと毎日返してね」
という女はこういう女だ。
オレは思いとは裏腹に込み上げてくる笑いを堪えながら、仕事に向かう。
きっとまたミスタに「愛妻弁当」とからかわれるだろう。
それもまた良いだろうという気がした。
まぁ、こういう関係も悪くない。
これも確かに恋というヤツなんだろう。


あとがき。
確かに恋だった
完了:2014/8/16