今日、彼女は結婚する。 オレの幼馴染。 2つ年下の、可愛い。 確かに恋だった 残念ながら、彼女の相手はオレではない。 オレの全く知らない男だ。 哀しいかな、仕事の癖でつい相手の男の近辺を調べてしまった。 そうするとあまり良くない事実が出てきた。 男本人は問題ない。 真面目で善良な一般的な男だ。 問題は男の家。 地元の名士。 だがこの男の父親は強欲で、あちこちの人間から金や土地を巻き上げている。 高利貸しのようなことをやっていて、彼女の両親もこの男から借金をしていた。 調べたところ借金自体は小額で、完済している。 残っているのは多額の利息分だけ。 それを盾にこの結婚をまとめたに違いない。 オレはすぐに動いた。 パッショーネとも多少の繋がりがあるらしい。 どうしたものか。 借金であることは確かだろうし、証文もあるだろう。 何か突きつけてやれるものがあるといいのだが。 今日の主役のは純白のウェディングドレスを身に纏っていて、とても美しい。 彼女はオレに気づき、笑顔を見せてくれた。 今ではしっかり頭の先から足の先までギャングになったオレがこんな場所に来ていいのか、かなり迷った。 だが、どうしても彼女に会いたかった。 この結婚に納得しているのかどうか。 「まだブローノに話があるから」 はオレを連れて両親の元を離れた。 それにしても久しぶりだ。 彼女にブローノと呼ばれるのは。 彼女も小さい頃はオレを『ブローノ』と呼んでいた。 だがオレがギャングになった頃には『ブチャラティ』と呼ぶようになっていた。 オレはそれも仕方がないと思っていたので、何も言わなかった。 そうやって離れていく友達も多かった。 とも距離が出来たようで、少し寂しいと思った。 しかし。 「ブローノってばいつの間にか大人みたいな顔していたから。 『ブローノ』って呼びにくくなったの。 ブローノはギャングだけど、私の幼馴染のはずなのになんとなく遠く感じて。 それで『ブチャラティ』って呼ぶことにしたの」 距離が出来たわけではなかったのか。 むしろそう思ったオレの方が勝手に距離を取っていたのか。 「そうだったのか。 それは悪かったな」 ヴェールがあるので頭は触れないので、その代わりに彼女の長い髪を撫でた。 そして今。 彼女はヴァージンロードを歩いている。 荘厳な教会の中、彼女は父親と共に新郎の元へと向かっている。 オレは離れて彼らを見守った。 このまま逃げようと言ったオレに彼女は大丈夫と答えた。 涙を堪えてそう言った。 オレは拳を握ることしか出来なかった。 彼女の肩を抱いてやることはオレには出来ない。 オレがしてやれることは、見守ることのみ。 「・・・誓いますか?」 神父の声が聞こえた。 いつの間にか誓いの言葉になっていた。 だが、彼女は答えない。 俯いたまま。 皆が彼女を見ている。 オレは彼女に駆け寄った。 「失礼」 短くそう言って、新婦を抱き上げた。 「ブローノ!」 誰かがそう呼んだ。 オレはそちらを見ずに、ヴァージンロードを突っ切った。 参列者が呆気に取られているのが横目で見えた。 「誰か、新婦が攫われるぞ」 そんな声が聞こえてくる。 だがもう遅い。 オレは待機させておいた車に彼女を乗せ、自分も乗り込んだ。 「随分ハデにやらかしたんじゃないですか?」 「そうか? こんなもんだろう、花嫁を攫うんだからな」 運転席のフーゴに言った。 「で、どうなんだ?」 「あそこの親父は叩けばどんどん埃が出てきましたよ」 フーゴがオレに書類の束をよこす。 「脱税、横領、金に関わることはほとんどですね。 嫌がらせをした上で無理やり借金させて、土地や建物を奪うなんてこともザラです」 「あの・・・」 ずっと黙っていたが口を挟んだ。 「私、戻らないと。 きっと今頃両親が大変なことになってる・・・」 「ああ、これだな」 オレは一つの書類を見つけ、に渡した。 「これは?」 「お前の両親の借金の証文だ。 これがなくなれば証拠はなくなる。 警察に駆け込んだところで、調べられたら自分の方がボロが出る。 そんなことをすれば自分の首をしめることになるから、それはしないだろう」 「でも」 「仮に訴えてきたとしても、オレからあちらに説明してやろう。 だからもう何も心配することはない」 「・・・本当に?」 「ああ、本当は結婚式の前にこれを渡せればよかったんだがな」 「あの家の警備が厳重で。 今日やっと入れたんですよ」 フーゴがやれやれと言った様に話した。 「どこの部屋にあるかわかれば、オレが行ったんだが」 「家も迷路みたいでしたからね。 でもさすがに今日は人も少なかったし。 家の図面も手に入ったから。 何とか間に合ってよかったですよ」 「大丈夫なの? ブローノ達、罪にはならない?」 心配そうにがオレを見る。 オレは安心させるように頷いた。 「平気だ。 も両親に何も心配することはないと言ってやれ」 証文をから受け取り、破り捨てた。 「ブローノ!」 手を振りながらが駆け寄ってくる。 「どうだ?最近は」 「うん、仕事も順調よ。 お父さんもお母さんも前より元気に働いてる」 それは彼女の表情を見てもわかる。 以前、結婚式の時には見せなかった笑顔だ。 「ブローノは忙しい? それともまたすぐに戻るの?」 「いや、しばらくはこの町に滞在する予定だ。 実は家を探してるんだ」 「家を?」 「どこか静かなところはないかな」 「お父さん達に聞いてみればきっと何かわかると思う。 店によく来るお客さんに不動産屋がいるし」 彼女の両親は食堂を営んでおり、彼女もその手伝いをしている。 はオレの手を引っ張っていく。 「あれから何か変わったことはないか?」 「ないよ。 向こうも何も言ってこない」 あの元新郎側の父親は当初は物凄い剣幕での家族に詰め寄った。 だが、オレが出て行き丁寧に説明したところ、理解いただけたらしく結婚は静かに破談となった。 借金についても何も言ってこないようだ。 「そうか、それは良かった」 「ブローノのおかげよ。 本当にありがとう」 こうして彼女は自由の身となった。 「でも、結婚が破談になったおかげで困ったこともあるの」 「? 何だ?」 「は結婚をドタキャンした女だって。 男の子が誰も近寄ってこなくなった」 そう言って笑っているような怒っているような顔をする。 オレも笑った。 「いいじゃないか。 変な男が寄ってこなくて」 「困るわよ。 まだ若いのに誰も相手にしてくれないんだから」 オレは少し考える振りをした。 「どうしたの?」 「じゃあ、こうしよう」 「何?」 「子供の頃の約束を叶えるというのは?」 「子供の・・・ってそれって」 「ギャングの嫁になるっていうのはなかなか勇気のいることだが」 が真っ赤な顔をして黙ってしまった。 「大きくなったらオレの嫁になってくれるんだろ?」 真っ赤になったままの彼女の頬にオレはキスをした。 遠い記憶。 あれは何歳だったのだろう。 「私、大きくなったらブローノのお嫁さんになる」 季節が春だったことは覚えている。 「じゃあ、二人で早く大きくなろう」 花冠を作っての頭にのせた。 たくさんした約束の中で、それだけは今も鮮明に覚えている。 まだ何も知らない幼い二人だったが、あれも確かに恋だった。 そしてそれは今も、これからも続いていくのだろう。 |
あとがき。 |
確かに恋だった |
完了:2014/9/5 |