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あれからまた夜中になると図書館に足を運んでいる。
もちろん本を読む為だが、それだけではない。
また彼女が来るかもしれない。
心のどこかでそれを期待している自分がいる。



確かに恋だった
















これで一週間。
彼女にはまだ会えない。
あの日は偶然、彼女に会えた。
普通なら会うことのないところを、何の気まぐれか、彼女は部下達の包囲網を潜り抜け僕の前に現れた。
当初僕に近づく危険な女だと周りが騒ぐので、調べさせたら特に怪しいところはない。
ただの音楽教師だ。
そうして今。
外に待機している者たちにも、女性が現れたら通すように言いつけてある。
にも関わらず彼女に会えない。
だが彼女がもしかしたら誰かに何か言われたのかもしれない。
それで彼女はここに来られないのかもしれない。
それは困ったな。
彼女に会う手段はなくはない。
授業に出ればいいだけのこと。
ここまで考え、どうしてそこまでして彼女に会いたいのか。
彼女の反応が他の教師と違うからなのか。
それともあの子守歌をまた聴きたいからなのか。
或いは両方か。
自分のことで考えてもわからないことがあるとは思わなかった。
しかしこれはきっと、彼女に会えばわかる気がした。
重い腰を上げるしかないようだ。

「ジョルノ、珍しいね」
「本当だ、しかも音楽の授業って」
僕が音楽室に行くと、女子生徒が集まってきた。
「ね、私の隣空いてるよ」
「あら私の隣に座るのよ」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。
「うるさいな、僕は一人で座る。
 あっちに行けよ」
「はーい」
いつも通り追っ払い後ろの席に腰掛けた。
こうして授業に出るなんて、いつ以来だろう。
パッショーネのボスになってから、学校に行こうと思う暇もなかった。
やらなければならないことはたくさんある。
今日だってきっと今頃机の上に書類が溜まっているだろう。
この授業を受けたらすぐに帰らなければならない。
本当に僕は一体何をしているのだろう。
そこに授業開始の鐘がなった。
どきん、と胸がなる。
彼女が教室に入ってきた。
教室に入ってくると一通り生徒を見渡し、そこで僕と目が合う。
一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ微笑んだ。
「はい、授業を始めます。
 全員揃っていますね」
この日はヴィヴァルディの「四季」についての授業だった。
イタリアの偉大な作曲家だが、僕の頭の中には入ってこなかった。
入ってきたのは彼女の心地よい声。
たった一度聞いたきりの、聴き焦がれた声。
その声はただ話しているだけなのに、僕にはメロディのように聞こえる。
甘く優しい声が耳に届くたび、心がざわつく。
もっと聴いていたい、そう思ったところで終わりはやってきた。
授業終了の鐘が鳴った。
「では今日はここまで」
そう言って彼女は教室を出て行く。
僕はその後を追おうと立ち上がった。
そこに、
「ジョルノは今日は最後までいるの?」
「ねぇ、帰りカフェに寄って行かない?」
また女生徒たちに囲まれる。
それを振り切って、廊下に出た。
もういない。
きっと職員室だろう。
急いで向かう。
相手は教師なのだから、どこにも逃げるわけではないのに。
どうしてこんなに気持ちが急いてしまうのか。
最近の僕はおかしい。

階段の下にがいた。
「先生」
「あら、ジョルノくん。
 今日は授業に出てくれたのね。
 先生嬉しいわ」
微笑む彼女は美しい。
そうだ、彼女はとても美しい。
この僕の視線を捕らえる程に。
急いで階段を駆け下りる。
「もう図書館には来ないんですか?」
一週間待ちぼうけて、授業にまで足を運んだ。
もう来ないのだろうか、来てくれないのだろうか。
「本当は先生でも夜中に図書館に行くのはダメなのよ。
 見回りの先生がびっくりするから止めてほしいって言われたの」
少し困ったような笑顔をする。
「先生なんだからちゃんと空いてる時間に行かなきゃね」
「僕は図書館には夜中にしか行きません」
「そうなの?」
「だから」
彼女をまっすぐ見据える。
「また夜中に来てください」
授業中の僕は大勢の生徒の中の一人。
だけど図書室なら。
彼女と僕だけの時間を過ごせる。
二人だけの。
「でもね」
「他の先生には言っておきます。
 だから気にしないで来て下さい」
一歩彼女に近づいた。
視線は彼女を捕らえたまま。
「わかったわ」
が僕の肩に優しく触れた。
「また行くから、時々は授業にも出てね」
「それは保障できません」
またうるさい女子生徒に囲まれて授業を受けるのはご免だ。
そう言うと、
「今日は特別だったのね」
怒るかと思ったが、笑ってくれた。
「特別な日が増えてくれるといいんだけど」
「先生次第です」
「あら、じゃあ頑張らなきゃね」


こうして僕との秘密の会談が始まった。
特になんてこともない話をする。
主に音楽だ。
そこで彼女はこんな曲よと歌ってくれる。
本人はあまり歌は得意ではないと言っているが、そんなことはない。
僕にはどんな素晴らしい歌手よりも、彼女の声が好きだ。
耳障り良く、頭をすっきりと鮮明にさせ、心をゆったりとしてくれる。
聴けば聴くほど好きになる。
この感情はあくまで彼女の『声』に対してのものだと思っていた。
でも後から考えるとそうでないことがわかる。
もちろん彼女の声に惹かれているが、それだけではない。
歌を口ずさむ時の彼女の柔らかい表情に、僕の視線は奪われる。
ただこの時の僕は気づかなかっただけ。
あれは確かに恋だった。
恋の始まりだった。


あとがき。
確かに恋だった
完了:2014/9/26