この前までは別な男の子に恋したのだと思ったのに(ただの憧れだったんだ)。 しかも全然違うタイプの男の子なのに。 あの笑顔を思い出すたび、私の胸は高鳴った。 確かに恋だった 私はここ数日、店に通ってきていたお客さんよりデートに誘われた。 今までも挨拶のように誘われることはあっても、こんなに形のある誘われ方をしたことはなかった。 しかもかなり強引に。 でも不思議と嫌な気はしなかった。 むしろその日曜日が心待ちなくらい。 「最近、本当に楽しそうだね」 バイトの子からそう言われてしまった。 「そうかな?」 「うん、昨日以上に楽しそう。 今日は目がキラキラしてる」 「ええっ! そんなことないって」 顔に出ないように出ないようにと思っているのに、出ているんだろうか。 ポーカーフェイスが出来ない自分が情けない。 「そう言えば、今日彼来ないね」 「え?誰のこと?」 聞いてみたもののわかってる。 胸がドキドキする。 「あのナランチャって子。 に毎日会いに来てたじゃない」 彼の行動はこの店で働いている皆にはお見通しだった。 私ももしかしたらそうなのかな、とか少しは思っていた。 だけど彼が何も言ってこないから、違うのかとも思っていた。 だってイタリア男ならすぐにデートに誘うでしょ? 「どうしたのかしらね」 彼女が入り口を見る。 彼は今日は来ないんじゃないだろうか。 いや、日曜日まで来ないかもしれない。 私は会いたくないわけではないが、会うとどうしたらいいかわからなくなってしまうかもしれない。 だから来ないなら、その方がいいと思った。 「気にならない?」 彼女が笑顔で言う。 その表情は明るく余裕に満ちている。 きっと良い恋愛をしてるのだろう。 そう言えばこの間見かけた例の美形の男性とはどうなったんだろう。 仲直りしたのかな。 「・・・実はね」 昨日彼が2度目に来た時は、閉店間際で他に誰もいなかった。 だからあのことは誰も知らなかったんだけど。 何となく彼女になら言ってもいいかなと思った。 彼女は他の子たちと違って口が軽くないし、私も誰かに聞いてもらいたかった。 「そうなの!良かったじゃない」 「うん、だから今日は来ないかもしれない」 「そうね、でもどうかな。 彼のことだから来るんじゃない?」 「え、そうかなあ?」 「の顔見に来るって。 でも彼って可愛い顔してるよね」 「うん、あれで同じ年なんだからね。 童顔だよね」 「いいじゃない。 お似合いだよ」 「え、そう?」 私は浮かれていた。 日曜日まであと5日。 早く来るといいのに。 結局その日彼は来なかった。 次の日、その次の日も来なかった。 そして約束の日曜日も待っていたのに来なかった。 どうしたのだろうか。 何かあったのだろうか。 でも何もわからない。 私と言えば、彼のことは「ナランチャ」で「17歳」であることしか知らなかったのだから。 私は泣かなかった。 そんなものだと思った。 だって彼と過ごしたのはここ数日間。 別に彼が好きだった訳じゃない。 ただちょっと恋の気配に浮かれていただけ。 いつもの日常に戻っただけ。 私の手元には行き場のないチケットが1枚残された。 すっかり彼を忘れかけていた時に、あのフーゴという少年が店に来た。 花を買いに来たらしい。 彼は私を覚えていないようだった。 私は迷った。 彼ならナランチャのことを知っているに違いない。 でも今更聞いてどうするのだろう。 ナランチャの気が変わっただけかもしれないのに。 フーゴが店から出て行く。 私は彼の後を追った。 「あの」 彼がゆっくり後ろを振り返る。 「ナランチャのことで聞きたいことがあるんですけど」 そう私が言うと、彼は目を見開いた。 「彼はどうしていますか?」 なんと聞けばいいかわからず、こんな間抜けな質問になってしまった。 だがフーゴは私の顔をしげしげと見つめるだけで答えようとしない。 「あの、聞いてます?」 私は苛立つのを押さえられなかった。 「ああ、すいません。 もしかしてあなたがですか?」 今度は私が驚く番だった。 「どうして私を知ってるんですか?」 「ナランチャから・・・いや、僕は間接的に聞いたんですが」 ナランチャが私の話を誰かにしていたのだ。 私はそのことだけで胸が熱くなった。 私だけが彼を待っていたのかと思った。 ただ振り回されただけなのかと。 「彼を待ってたんです」 そうだ、私はあの日曜日、浮かれる気持ちを抑えながら待っていたんだ。 「そうですか」 フーゴは視線を落とした。 「彼はどこにいるんですか? 彼に会いたいんです」 私はフーゴに詰め寄った。 彼を逃がしたらもう二度とナランチャに会えない。 そう思った。 「・・・一緒に来ますか?」 フーゴが視線を逸らしたまま呟いた。 その小さな声に、聞いてほしくないけど言わなければならないから言ったという雰囲気が現れていた。 「行きます」 店の皆に断りを入れ、フーゴの車に乗り込んだ。 ナランチャに会える。 少しの期待と、大きな不安が私の中で渦巻いていた。 彼に会えない理由を知りたいと思う反面、知らない方がいいと思う自分もいた。 もしナランチャが何らかの理由で日曜日に来れなかったとしても、気持ちがあるならもうとっくに会いに来てくれているはず。 なのにそうではないということは。 これ以上考えるのは怖かった。 車は少しずつ郊外へと向かっていった。 私は周りの風景に胸がざわつきだした。 嫌な予感がした。 「ここにナランチャがいます」 そこは郊外の丘の上で、大きな教会がある墓地だった。 私はフーゴの後ろについて歩く。 足がもたついて、うまく歩けない。 どこまで行っても辿り着けないんじゃないかという気がした。 フーゴが立ち止まる。 「ナランチャはあなたの元に行きたかったと思います。 でもできなかった。 それでも信じてください。 あなたを待たせたかった訳じゃあない」 彼の目の前の墓碑銘を見る。 そこに書いてあるのは。 ―ナランチャ・ギルガ― 後は読むことができなかった。 彼はここにいた。 だからいつまで待っても会えなかったんだ。 そう思った時、私は泣いた。 ずっと涙など出なかったのに。 彼に会いたかった。 本当はずっとずっと待っていた。 次の日曜日も待っていた。 その次の週も待っていた。 いつか彼が会いに来てくれることを期待していた。 だけどもうその日は来ない。 それがわかって涙がどんどん溢れてきた。 フーゴが向日葵を供えた。 「向日葵なんておかしいと思うかもしれませんが。 彼は向日葵のような人だったから」 私は頷いた。 あの明るい笑顔を思い浮かべる。 確かに向日葵みたい。 それを思ったら涙と共に笑みも浮かんだ。 「ナランチャのこと聞かないんですね」 「聞いたら教えてくれるの?」 「いや・・・」 それで何となく悟る。 彼の身に起きたことを。彼自身の事を。 「ここにももう来ない方がいい」 フーゴが立ち上がる。 「時々でも・・・」 少しの間だけでも彼のことを想っていたい。 だがフーゴは首を横に振る。 そうなんだ。 それくらいナランチャと私の住む世界は違っていたんだ。 フーゴが「送ります」と歩き出した。 ナランチャは私をどう思っていたんだろう? 彼の口から聞いてみたかった。 たくさん聞きたいことがあった。 食べ物は何が好きで、何が嫌いか。 どこに住んでいて、普段は何をしているのか。 どんな音楽を聴くのか、映画は観るのか。 聞きたいことはたくさんあったのに。 また涙が落ちた。 会ったのは数回、時間にして数十分。 お互い何も知らない同士。 知っていたのは向日葵のような笑顔だけ。 それでも確かに恋だった。 |
確かに恋だった |
あとがき。 |
完了:2014/8/8 |